JDカー再読~その2

303

『帽子収集狂事件』(1933・フェル博士)
江戸川乱歩がカーのベスト作と評価した作品。ただ、高校時代に読んだ印象では、なぜこれがベスト1なのか分からず、この文庫の解説者も、初読時は乱歩の評価が分からなかったと書いている。

この作品、部分的にコメディなんですよね。例えば、探偵役のギディオン・フェルが、自分は警察の人間だと偽って取り調べを始め、近くにいた民間人の青年(テッド・ランポール)も巻き込んで、刑事のフリをさせるシーンがある。
つまりこの作品、翻訳者がその気になればもっとお笑いにできる話なんじゃないか? そして乱歩は、この作品を原書で読んだのではないか? 全編お笑いのストーリーでありながら、一本スジの通ったトリックがあれば、傑作という評価も理解できます。旧訳が現在手元にないので、細かい比較はできないけど、今回の新訳版のほうが、その面白みは伝わっている気がしました。

『読者よ欺かるるなかれ』(1939・HM卿)
読者によって、カーの傑作のひとつと言う人もいれば、バカミスという人もいる、評価の分かれる作品。個人的には、バカミス意見に近いかな(笑)。なにしろ未解決のまま投げ出される要素があるんだから。
解説の泡坂妻夫さんは「昔の日本の歌舞伎や大衆芝居は、お客さんが目当てのチャンバラが終わったら『本日はこれまで』と宣言して終わってしまい、動機や結末など野暮なことにはこだわらなかった」と弁護していますが、さすが泡坂妻夫さんです。この解説のほうが、本文よりもある意味「粋」です。

『皇帝のかぎ煙草入れ』(1942)
数年前、姉が『古畑任三郎』のストーリーを話していたら、この作品とまったく同じトリックが使われていたので、「え、それってカーの『皇帝のかぎ煙草入れ』が原作?」と聞いたら、姉のほうがキョトンとしたことがありました。現在でも、通用するトリックのようです。

盲点を突いた一発トリックの作品だと思っていましたが、再読してみると意外に細かい部分まで目が行き届いている。やっぱりこれは代表作の名に恥じない。
最大の欠点はカーらしくないところか(笑)。初めての人がこれを読んで「こういう作風の人なんだ」と思いこむと、次は開かずの間やら霊媒師やらを読まされるという…

『わらう後家(魔女が笑う夜)』(1950・HM卿)
これは初読です。ちょっと前まではカーのファンでも読んだ人の少ない作品だったが、ある評論家が「バカミスの元祖」と評したことでにわかに注目度が上がり、今では古本屋でもなかなか入手できない。
私がやっと入手したのは昭和33年の旧訳ですが… とにかく訳がすごい。「わたくしは、全然そんなことは言いませんわ」みたいな直訳セリフの応酬。原文が透けて見えそうだ。普通に「私は、そんなことは言ってないわ」って訳せばいいのに。

笑撃のおバカトリックに関しては… うん、これをネタに小説が書けないかと思った気持ちは分かる。しかし実行するか、普通(笑)。それより内容が突き抜けている。探偵役のHM(ヘンリー・メルヴェール)卿はいつにもましてイキイキしており、クライマックスにはインディアンの大酋長のコスプレで登場する。
いや私、嘘は何ひとつ書いていませんよ。本当にそういう話です。もはやおバカトリックを許すか許さないか以前の問題。それでもHM卿のファンには、楽しかったことは否定できない。京極作品で例えれば、内容は大したことないが、榎木津が大暴れしているような作品。

『夜歩く』(1930・バンコラン)
メイントリックは単純ながら効果的で、昔読んだ時はとても印象が良かった覚えがある。
でも一般的には「カーのデビュー作」という評価以上でも以下でもないんだよね。再読して納得。全体的に堅い印象があります。ネタは面白いので、後期作品のような余裕をもって書いたほうが面白かったんだろうなぁ…
何より、あんな凄い殺しをした後で平然と話しのできる犯人にビックリだが、この頃のミステリはみんなそんなもんか(笑)。

by kaji



コメントを残す

*