JDカー再読~その3

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『九人と死で十人だ』(1940・HM卿)
昭和31年に「別冊宝石」にダイジェスト訳が公開されたのみで、平成11年に改訳されるまで、日本語では読めなかった作品。意外な良作です。

第二次大戦中の1940年、ニューヨークから英国に向かう客船が舞台。灯火管制のため、船の窓は開かず、乗客は救命用具の携帯を義務づけられている、緊迫した状況の中での事件。
正直言って、メインのトリックは大したことありません。日本のある有名作家が、短編で使用しているようなネタですから。もうひとつのトリックとの組み合わせで効果が上がっています。読者がメインのトリックに目をうばわれてるうちに、「もうひとつの不自然さ」を見逃してしまうという…

トリックのネタ切れが当たり前になった、現代だからこその再評価かな。今では誰も、トリックの独創性なんかこだわらないもんね。もう少し早く、ちゃんとした翻訳本が出ていれば、カーの有名作品のひとつになれていたかも。緊迫した状況下だから、HM卿のいつものドタバタが少ないのが残念。

『かくして殺人へ』(1940・HM卿)
評判悪いですねぇ… カーのファンで有名な二階堂黎人氏ですら「読む価値なし」と切り捨てているぐらい。
確かにトリックらしいトリックはなく、ストーリーを楽しむ作品なのは確か。当時の映画撮影所の雰囲気や、殺人未遂事件に巻き込まれた男女の描写はそれなりなので、どうせならHM卿を絡めてのドタバタ喜劇にしたほうが良かったのかも。

『連続殺人事件』(1941・フェル博士)
このタイトルはそっけなさすぎる。原題通りなら『連続自殺事件』が正しいのでしょうが、この作品が初訳のころは、そんなのは日本語としておかしいと思われたんでしょうか。今ならこのタイトルでもOKの気がしますが。
内容的には可もなし不可もなしの印象。

『火刑法廷』(1937)
1930年代のカーの作品には、趣向がてんこ盛りでポイントがぼやけた作品も多い時期ですが、すっきりとまとまった良作です。冒頭のオカルト趣味も空回りせず、オカルトとトリック、そして結末がすっきりとつながっている。ベストテン級の作品であることは確かですが、しかしカー・マニアの場合、まとまっている作品が好まれるとは限らないんだよね。

『盲目の理髪師』(1934・フェル博士)
NYからイギリスへ向かう豪華客船の中で起こる殺人事件と宝石盗難事件。

いや、これはやっぱり楽しいな(笑)。カーの全作品中、最も笑劇(ファルス)の味が濃いと言われる作品ですが、あと一歩羽目を外すと何がやりたかったのか分からなくなるところを、ギリギリで踏みとどまっています。まあ、これを踏みとどまってると見るか、すでに一線を越えていると見るかで評価が分かれる作品だと思いますが。

最後に姿を現す「犯人=盲目の理髪師」の不気味さはちょっと特筆もの。ドタバタ喜劇のラストにはちょっとふさわしくないような気もした。このへんのバランスがちょっと崩れているのもカーらしい(笑)。

by kaji



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