NHK BS「横溝正史短編集」など

丹夫人の化粧台

 約半年ぶりの更新になります。

 たった半年で、こんなに世界が変わるとは思いませんでした。
 現在、穂高や八ヶ岳などメジャーな山小屋はすべて休業中。テント場も立ち入り禁止。私が所属している山岳会も、GW、および夏休みの計画はすべて白紙。登山のみならず、県境を越えての旅行なんて、いつになったらできるのか… 
 まあ、こんな時こそ、普段は手を出さない作家を読んでみるべきなのかもしれません…

 さて、私はいま、GWになにげなく手に取った横溝正史の新刊『丹夫人の化粧台』をきっかけに、人生で何度目かの「横溝正史マイブーム」の最中です。
『丹夫人の化粧台』は、角川文庫で発売された横溝正史の作品としては15年ぶりになるそうで、内容は絶版になった文庫に収録されていた短篇を、いくつかピックアップして再編集したもの。「面」「舌」「恐怖の映画」など、江戸川乱歩を思わせる幻想短篇も収録されており、なかなか面白いセレクトでした。好きな作品を一つ選ぶとしたら、私は「山名耕作の不思議な生活」でしょうか。

 外出自粛期間の暇にまかせて、以前から気になっていた、NHK BSプレミアムで放送されたTVドラマ「横溝正史短編集」も遅ればせながら観てみました。
 今回の本題は、こちらです。


「シリーズ・横溝正史短編集」は、2016年の秋と、2020年の初めに放送されたTVドラマ。池松壮亮が金田一耕助を演じ、横溝正史の短篇を30分で映像化するという企画です。
 放送された作品は、以下の通り。

第一弾 金田一耕助登場!(2016年)
 第一回「黒蘭姫」
 第二回「殺人鬼」
 第三回「百日紅の下にて」

第二弾 金田一耕助 踊る!(2020年)
 第一回「貸しボート13号」
 第二回「華やかな野獣」
 第三回「犬神家の一族」

 特に興味があったのは『犬神家の一族』。あの長編を30分で映像化するという無茶ぶり企画です。
 結論から先に申しますと…

 素晴らしかった。

 これは市川崑の呪縛から逃れた、初めての『犬神家』だと思いました。


『犬神家の一族』というと、1976年に市川崑の映画が公開されて以来、何度もリメイクされているわりに、市川崑とガラッと変わった演出にはお目にかかかったことがない。市川崑が採用しなかったエピソードを拾ったり、金田一耕助に洋装をさせりする作品はありましたけどね… 「市川崑の犬神家」というお手本が常にあり、もはや歌舞伎の演目のように、誰がどの役を演じるかだけが興味の対象、というのがここ最近の『犬神家…』でした。

 それに比べると、今回の「30分で分かる犬神家」は自由ですねぇ。たとえば佐清のマスク。普通なら上の写真の唐草の風呂敷を取ると、中身はいつもの白マスク… となるところですが、【コレ】ですからね(←ネタバレされたくない方はクリックしないようお願いいたします)。確かにこちらのほうが原作に近いのですが(笑)。さらっと洋装の松竹梅三姉妹をやっているのもポイント高い。小劇団の公演のような、シュールで、なおかつお笑いの要素をふんだんに取り入れた演出で、それ自体は珍しいものではないという意見もあるでしょう。実際、この「横溝正史短編集」に先立って、同じスタッフで製作され、女優(満島ひかり)が明智小五郎を演じることで話題になった「江戸川乱歩短編集」もまた、同じアプローチの演出でした。

 ただ、江戸川乱歩では少し鼻についた演出が、横溝正史だとシックリきたんですよね。これは単に、私が江戸川乱歩に思い入れがあるせいなのか… 他に理由が考えられるとしたら、乱歩は映画でいえば演出に当たる部分こそが大事な作家で、たとえば『押絵と旅する男』なんて、本筋にはなんの関係もない冒頭の蜃気楼の描写が最も迫力があったりして、演出が違うと乱歩らしさが消えてしまう一面がありますが、一方で横溝正史はおどろおどろしいタイトルとは反対に、意外に筋立てのしっかりした話が多いので、演出で遊べる余裕があるということかもしれません。


 この『犬神家の一族』をはじめ、6作品すべてを観てみましたが、作品ごとに違った演出でそれぞれ楽しめました。『犬神家』のほかにもう一つあげるとしたら、『百日紅の下にて』ですね。

 蒼茫と暮れゆく廃墟のなかの急坂を、金田一耕助は雑嚢をゆすぶり、ゆすぶり、急ぎ足に下っていった。瀬戸内海の一孤島。獄門島へ急ぐために——。(本文より)

 上は原作『百日紅の下にて』のラストシーン。『獄門島』の前日譚として、また戦地から復員してきた金田一耕助が最初に解決した事件としてファンには有名な作品。しかし登場人物は回想シーンをのぞくと、金田一耕助とその話し相手である佐伯一郎のただ二人。映像化すると画面に変化がなく地味になりがち。さらに回想シーンで描かれる毒殺トリックは文章ではやや分かりにくい。この分かりにくいトリックを、30分に収めるために簡略化するのではなく、トリックはそのままに小ネタとお笑い要素を散りばめて、分かりやすく伝えてみせる

 それまでの日本のミステリ映画が、面倒臭い謎解きの部分を、いかに省略してアクションシーンやチャンバラに持っていくかが勝負だったとすると、市川崑の76年版『犬神家の一族』は、伏線回収こそがミステリの醍醐味であることを、はっきりと打ち出したことが斬新でした。犯人=松子を岸壁の母のイメージで描くというメロドラマ要素も、無味乾燥になりがちな謎解き部分に見せ場を作るための戦略だったわけで(この戦略は「クライマックスにメロドラマがあれば、謎解きなんかなくても盛り上がる」と逆の方向に誤解され、2時間サスペンスなどで多用されるわけだけれど)、一見、奇をてらっただけに見えるこの『百日紅の下にて』の演出も、原作のトリックを省略せず忠実に描くという意味では、同じものを目指したように思うのです。

 ああ、私はこのスタッフに、横溝正史の戦後の「東京もの」を撮って欲しいなぁ。金田一耕助ものって、『獄門島』や『八つ墓村』のような農村ものばかりが映像化され、東京が舞台のものは『悪魔が来りて笛を吹く』ぐらいなんですよね。70〜80年代の初めごろは、どこか懐かしい匂いのする農村ものが受けたかもしれないけれど、現代ならむしろ昭和30年代の東京のCG再現のほうがウケたりしないかな? たとえば『夜の黒豹』とか『火の十字架』とかどうですか? いや、ちょっとエロすぎるか(笑)。でもそういう新鮮なのが観たいんですよ! 地上波の2時間スペシャルドラマなら、知名度の高い原作じゃないとダメだけど、NHKのBSなら攻めましょうよ。金田一耕助ものにこだわらないなら『びっくり箱殺人事件』『夜光虫』は? どちらも真面目に映像化したら、今どきバカミス扱いですが(笑)、この演出ならやれるのでは?

 最後に金田一耕助役についての感想。過去の金田一俳優に順位をつけると、私は1位=古谷一行、2位=稲垣吾郎、3位=石坂浩二で、稲垣吾郎が意外に上位です(これはあくまで金田一俳優の評価であり、作品の評価とは別物です)。上位2名の評価が高いのは、原作にある「犯人が油断して、つい大事なことを喋ってしまいそうになる人懐っこさ」が表現できる役者である点。自分がわりと重視するのはそこです。
 さて今回の池松壮亮。資質としてはその人懐っこさが表現できる役者でありながら、そこはあまり強調していなかったですね。話し方などは石坂浩二を思わせる、頭の良さそうな金田一。これはこれでアリだと思います。個人的にはベスト5を狙える位置にいます。
 ちなみに「金田一耕助を演じて欲しい役者」なら、私のいち推しはオダギリジョーです。ま、イメージがかぶる「時効警察」のシリーズがあるので、引き受けなさそうですけどね… 年齢的にはそろそろギリギリなので、可能性があるなら早く演じて欲しいです。


 映画の話が出たついでにこれも。1955年の新東宝映画『江戸川乱歩の一寸法師』も、この自粛期間中に見直しました。監督は内川清一郎。主役の小林紋三役に宇津井健。山野百合枝役に三浦光子。原作の探偵役は明智小五郎だが映画ではなぜか旗龍作という名前に変更されており、この役を二本柳寛。脇役で丹波哲郎や、後に明智小五郎を演じる天知茂が出演しています。

 いやこれ、江戸川乱歩原作の新東宝映画なんて、どんなエグいものを見せられるかと思いきや、意外に原作通りで手堅い作りなんですよね(笑)。特に残酷なシーンがあるわけでもなく、むしろ手堅すぎて面白みに欠けると評価すべきか。

 問題は謎解きシーン。原作と同じ人形師の工房に関係者一同を集めて、いよいよ謎解き… と思ったら、旗龍作(原作では明智小五郎)が、「実は…」と語りはじめ、回想シーンですべてを説明してしまう。いやいや、それじゃダメでしょ(笑)!

「そんなことをいえば、この事件は根本からくつがえってくるわけだが」
「くつがえってくる。出発点から間違っている」
 明智は平気で答えた。田村氏の顔色はようやく真剣味をおびてきた。捜査課長も一膝前にのり出した。(本文より)

 原作『一寸法師』のクライマックスはやはりここでしょう。出発点から誰もがある勘違いをしていたこの事件。その結論に至るまでの論理展開は、回想シーンでごまかすのではなく、ちゃんと段階を踏んで説明して欲しいところ… それでも、今となっては昭和20年代末期の風俗を映像で見られるだけで、十分楽しめる作品ではあると思います。
 そもそも乱歩は嫌いだったらしいけど、自分はこの原作、そんなに出来が悪いとは思っていない。通俗長編としては『魔術師』と双璧をなす面白さだと思う。過去に3度も映画化されているのがその証拠。今となっては映像化できない作品なのは確かですが…



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