『蟇屋敷の殺人』甲賀三郎

蟇屋敷の殺人

 うん、まあ。戦前の探偵小説は、出来のいいものなら『黒死館殺人事件』『ドグラ・マグラ』みたいに名前が残ってるよね。今さら、埋もれた名作なんてないよね…

 というぐらいの軽い気持ちで読んだ方がいいと思う。

 ご想像の通り、タイトル買いしてしまった作品。丸の内で、路上駐車していた車の中から、首が切断された死体が発見されるという出だしは、掴みはとしては上々。さて探偵役の作家が、事件の舞台となる「蟇屋敷」を訪れたところ、そこで秘書として勤めているかつての恋人と再会… まさに王道の通俗展開で大いに期待させますが、結末はややバカミス気味。

 何より「何千何百もの蟇が、広い庭に放たれている屋敷」の描写が淡々としているのが、最大の敗因じゃないかと思う。この蟇屋敷が雰囲気たっぷりに描かれていれば、強引な結末もお目こぼしされたはず。ヒロインとして登場したはずのあい子も出番は少なく、むしろ「ウン? もしやこの主人公、事件関係者の麻里子夫人といい仲になるのか?」と思わせながら、最後はあい子と結婚。え、このヒロイン、活躍してたっけ? と戸惑ってしまう。甲賀三郎の作品はそんなに沢山読んでるわけじゃないけれど、短編の『蜘蛛』などは雰囲気あるのになぁ。冒険活劇に徹したことが、現代の目線からすると、逆に仇になったのかもしれません。感心したのは、これだけの複雑なプロットながら、拾わなかった伏線がひとつもなかった気がするところ。そこはやはり本格派・甲賀三郎の面目躍如でしょうか。

 附近の料理店で昼飯を執って、さてどうしようと思ったが未だ夕方までには間があるので、一旦家に帰る事にした。晩に熊丸邸へ行くのに、朝と同じ服装も気が利かないので着替えようという意味もあった。

 こういう描写は楽しいですね。お屋敷へ再訪問するために、わざわざ服を着替える。時間の余裕があった時代ならではか。うん、ミステリとしては成功作と言えなくても、こんな部分を拾っていけば、決してつまらなくはないんですよね。


小林勉強堂 有平糖

 戦前ネタが出たついでに、ひとつご報告。

 通勤途中に通過する九段下交差点の角に、煙草屋さんがあるのですが、これまで一度も立ち寄ったことはなく、先日の夕方、初めて入ってみたところ…
 店の奥に、昔のお菓子屋さんでよく見かけるような、ガラスケースに銀の蓋の容器が並んでおり、その中に色とりどりの飴が。え? ここ、飴屋さんだったの!? と吃驚しました。

 調べてみると、小林勉強堂さんという、本当に老舗の飴屋さんだったらしいです。試しに一袋買ってみましたが、程よい甘さでなかなか美味しい。外から見ると煙草屋さん(もしくは弁当屋さん)にしか見えないのですが。意外なところに、意外な店が残っているものです。



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