『店長がバカすぎて』早見和真

早見和真「店長がバカすぎて」

 昭和63(1988)年の江戸川乱歩賞最終候補作である、折原一の『倒錯のロンド』を思い出した。乱歩賞を受賞することで完成すると言われたあの作品。こちらも、本屋大賞を受賞するか、僅差の2着なら完成だったのかもしれない。

 吉祥寺の書店に勤める28歳の書店員・谷原京子が、タイトル通りのバカすぎる店長に翻弄される物語。
 私はこの店長に近い年代のおじさんなので、主人公の転職の悩みに全面的に感情移入はできないのだけれど、店長の所業に対する怒りには親近感を持った(笑)。ひと昔前の横暴・パワハラタイプとは違い、ひたすらウザい、使えない、空気が読めないタイプ。「店長がバカすぎて」の店長を「◯◯がバカすぎて」に変えれば、どんな層にも共感してもらえそうだ。
 それでいて、「店長側にも事情がある」なんて描き方はしていない。ここに登場する店長は、ひたすら迷惑でわけの分からない人物。だけどそれがいい(笑)。実際、仕事上の悩みなんて、本人が成長したり相手が反省したりすることで解消されることはまずない。状況が変わることでしか解決できないことはあるものだ。

 さて私の場合、どうしてもミステリ的な仕掛けの部分が気になってしまうのだけれど、「多分こうだろうな…」と思っていた最後のオチは、実はレッドへリングで違う場所に着地したり、「AとBは人名のアナグラム。だけど組み替えるとIがひとつ余ってしまう…」なんてユルユルのトリックで油断させて、実はIが余るということが別の件の伏線だったり… 作中の言葉を借りれば「谷原効果」のコントロールがうまい。作者はこれをコメディと分類しているらしいし、トリックを使ったつもりもないのかもしれないが、なるほど、トリックのネタ切れが囁かれるいまとなっては、「谷原効果」=つまり「期待値」をコントロールするというやり方もあるのかもしれない。そんなことを考えてしまいました。

 作者は『イノセント・デイズ』で日本推理作家を受賞し、このミスの20位に入った作家さん。こちらは失礼ながら未読ですが、この方のガチのミステリを読んでみたくなりました。



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