2020年版このミス雑感〜『まほり』高田大介など

2020年版・このミステリがすごい

 2020年版のこのミスが発表されてから、はや一ヶ月近くが過ぎてしまいました。
 感想を言うと、う〜ん、読めてないなぁ。いや、もちろん本自体を読んでないわけはありませんが、ベストテン入りするような作品と一致していない。

 最近はこのジャンルが流行っている、という目立ったトレンドがないせいか、古典的な本格物の評価が相対的に上がっている気がします。文春のベストテンがこのミスに接近してきた、という話も聞きますが、私は逆に、このミスが本ミスに近づいているように思えます。

 昨年、私の印象に残った作品というと、
『夜鳥』モーリス・ルヴェル
『刑罰』フェルディナント・フォン・シーラッハ
『営繕かるかや怪異譚 その弐』小野不由美
『まほり』高田大介

 こんなところでしょうか。
 この中で『夜鳥』は江戸川乱歩と同世代の作家の復刻ものだし、『刑罰』『営繕かるかや』はシリーズもの。しかも全体的にミステリよりはホラー寄りですね… 昨年は、私にとってこれまで打率100%の作家だったアーナルデュル・インドリダソンの新作が振るわなかったのが痛かった。ヤバいなぁ。


 ウン、もう正直に書いてしまおう。去年の私のミステリ物ベストワンは漫画です。
 テレビアニメ(および原作漫画)の篠原健太『彼方のアストラ』

彼方のアストラ

 どうも最近の新本格系ミステリは「ラスト○行の衝撃」という宣伝コピーのためか、重要な手がかりをギリギリまで隠す、または「目立たないようにこっそく描く」作品が多すぎるように思える。おかげですべてが明かされても、「どこに書いてあった!?」という感想しか浮かばない。

『彼方のアストラ』は、ストーリー的にはライトなSFミステリですが、「重要な伏線を読者の印象に残るかたちで明確に描く」という意味で、とてもいい仕事をしていると思う。もちろん、カンのいい読者は途中で気づく。だけど気づかれても別にいいじゃないかと思う。ミステリって、作者と読者の勝ち負けじゃないからね。

 ミステリ物なら小説じゃなくてもかまわないという方は、ぜひ読んでみてください。この作品はアニメも非常に出来がいいので、漫画とアニメ、どちらが先でもかまわない。漫画が好きなスタッフが作ったんだろうなと思わせる、原作愛にあふれた映像化だったと思う。


まほり

 さて、この作品についても書いておかないとダメですね。高田大介『まほり』

 大学生の勝山裕は、飲み会で同級生の女子学生が経験した奇妙な話を聞く。彼女が子供のころ暮らしていた町では、町じゅうに二重丸の書かれた紙が貼られていたのだという。
 彼女の育った町と、自分の出身地が近いことに気づいた裕は、帰省してその噂の調査を始めるが、張り紙の大元ではないかと思われる神社の名前が、過去を明かさないまま亡くなった自分の母親の旧姓と同じだと気づく。母とこの神社は関係があるのか…

「説話にしても都市伝説にしても同じだ。(中略)一つの話が人伝てに伝播していくとき噂話としての訴求力の大小がある。伝わりやすい話ってのがあるわけさ、特に広まりやすい話ってのが」(本文332頁より)

 それは多分、怪談話にもある。ベタだなぁと思われても、好まれる展開や舞台(病院、墓地、神社など…)があり、そこから大きく逸脱すると、ある人にとっては恐ろしい物語でも、別の人には「何が怖いのかわからない」とキョトンとされることになる。
 正直に言えばこの作品も、ストーリーの骨格だけを取り上げれば、ネットで流布している都市伝説と大差ないと言える。だからこそ、よくできているホラーのセールスポイントは、筋立てとは違う部分にあることが多い。
 この作品の場合、それは物語の説得力だと思う。

 いかに書かれているか、いかに語られているかっていうことに欺瞞を嗅ぎ出せれば、隠された真実が暴き出せる。本当の歴史、とまでは言いませんが、もう一つの歴史があったことが暴き出せるわけです。(127頁より)

 私はね、朝倉さんとは違って、そういう判断はしないんだな。こうした史料がありますっていうことをね、淡々と記録していく。(中略)なまじな判断で史料そのものや本文の記述に非を打っていったら、史料とすべきものの目録が、もう恣意的なものになっちゃうでしょ?(181頁より)

 主人公の勝山裕にアドバイスする、二人の研究者のセリフである。…なんだか、明石散人の『東洲斎写楽はもういない』を思い出してしまった。あの作品も、出だしは一次史料の取り扱い方からでしたね。この作品では、違うスタンスの研究者を二人登場させ、そもそもの史料との向き合いかたをまず問い詰められる。

 さて、ここから先で展開される史料の解釈は、もはや私などでは真偽の判断ができるはずもない。が、判断はできないが効果は伝わる。これだけの手続きを経て出してきた結論は、都合のいい史料が、都合のいいタイミングで出てくるネットの都市伝説とは、説得力がまるで違うのだ。

 もう一つ、印象に残ったのは最後の1ページ。これに対して「ラスト1ページの衝撃」なんて不粋なコピーは付けて欲しくないし、それほど強烈な仕掛けでもないので、そっとしておいて欲しいのだけど… 伏線はしっかり張っておいて「そういえば、そうだったね」とストンと落ちるようなこの感じ、いいなぁ。
 とても丁寧に作られた、読み応えのある作品でした。

 何より素晴らしいと思ったのは(↓致命的な部分ではありませんが、軽くネタバレしていますので、反転してご覧下さい)、よく考えると、超常現象は何も起きていない、にもかかわらず、立派なホラー作品であったことです。



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