『六つの航跡』ムア・ラファティ

六つの航跡(上)六つの航跡(下)

 いつの間にやら10月の終わり、そろそろ今年もベストテン予想の時期だなぁと思っていたら、終盤になってとんでもないダークホースの出現でした。ミステリにSF要素を取り込んで、特殊状況下におけるフーダニットやホワイダニットというのは、最近日本でもよく使われる手法だけど、この作品は軸足がSFにあるため、SF設定に手抜きがないのがいいですね。

 惑星間移民船・ドルミーレ号の乗組員全員が襲われ、5名が死亡、1名が重傷を負う。彼らはクローン培養タンクの中で再生され目を覚ますが、地球を出発してから目が覚めるまでの記憶を失っており、さらに船のAIの記録も消去され、クローン作製のソフトウェアも破壊されていることが分かる。新しいクローンを製造することは不可能、次に命をなくしたら再生はできないという状況の中、彼らは自分自身を殺した犯人探しを始める…

 容疑者は6人。船長のカトリーナ、副長のウルフガング、航海士のアキヒロ、船医のジョアンナ、機関長のポール、そして保守係のマリア。いや、船のAIであるイアンも容疑者に加えるべきか… てか、いつも思うけど、宇宙船内部の密室ものって、人数少なすぎですよね(笑)。クローンを数世代引き継いで、やっと到着するレベルの長い惑星間航海で、この人数で仲違いしたら地獄ですよ。現実なら50人ぐらい欲しいところです(笑)。

 さて、この作品におけるクローンの基本ルールは、法律で以下のように規定されている。

「一人の人間のクローンは、一回につき一体のみ作製することとし、それ以上の作製はこれを禁じる。クローンの作製は、生命延長目的においてのみ実行し、増殖目的で実行してはならない」

 一人の人間のクローンが複数体発見された時は、最も新しい個体が残され、過去のクローンは処分される。そして「記憶・性格」の部分は、マインドマップと呼ばれるデータを定期的に保存しておき、それを新しい軀体にインストールすることで伝達する。優秀なプログラマーならば、このマインドマップを改変し、遺伝子疾患を除去することができるのみならず、性格や思想をも手を加えることができる…

 このクローンが存在するIF世界の設定と、殺人事件の動機がもっと密接にリンクしていれば… ミステリー専門作家など必要ないといわんばかりの大傑作となったが、さすがにそこまで求めるのは酷だったか。最後に明かされる真相は、盲点に入っていた要素もあってなかなかのもの。だが唯一無二の解決であったかというとそこはユルい。フェアなフーダニットを期待して読むと、やや物足りないのは確か。

 しかしサスペンスとしては一級品。全員が受刑者であり、目的地に着いたら特赦という条件で船に乗った乗組員たちの過去が、回想パートを交えて少しずつ明らかにされていき、さらに復旧と同時に徐々に人格を形成してゆくAIとの対立、ヤドカリという謎のワード… ページをめくるたびに、次から次へと新しいエピソードが繰り出され、疾走感ある展開で飽きさせない。

 何にせよ私にとっては、久々の上下巻一気読み本。ぜひ日本でも評価されるよう、応援してあげたいです。余談ですが、もしこれが映画化されるなら、航海士=アキヒロ・サトー役はぜひ日本人俳優で見たいなぁ。かなり美味しい役だし、原作にもはっきり日系人と明記されているのだから、英語の話せる日本人俳優、しっかりアピールお願いしますよ(笑)。



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