『恐い間取り』松原タニシ

とある駅

 この世に霊感なんてものが本当に存在するとしたら、私は究極の零(ゼロ)感体質だと思う。

 20代の頃はバイクに乗っていたので、夜中に人けのないトンネルや、渓谷や廃墟をよく訪れた。
 後に白骨死体が発見されて事件になった廃墟に、そうとは知らずに立ち寄ったこともある。
 しかし何も見ていない。
 深夜にヘルメット片手にとある渓谷を散歩していたら、きもだめしに来たグループが私の姿を見つけて悲鳴をあげ、大騒ぎになったこともある。どうやら私のシルエットが、生首を片手に歩いている男に見えたらしい(笑)。しかし、私自身には何も起きていない。

 群馬県と新潟県の県境にあるT岳山麓D駅には、登山者の霊が出るという根強い噂がある。
 私はこの駅に三〜四回泊まっており、鏡に霊が映ると評判のトイレも使っているが何も見ていない。
 言い訳しておくと、別に酔狂でこの駅に泊まったわけではない。このD駅T岳の玄関口にあたる駅なので、登山をやる人間にとっては前夜ここに泊まるのはむしろ当たり前の行為。昭和の時代には待合室のみならず、通路まで寝袋でいっぱいだったと山岳会の先輩から聞いている。それがやがて車で移動する人が増え、駅に泊まる人は減っていき、数年前にこの駅も宿泊禁止となった。


 極めつけはある怪談イベントに参加したときのことである。
 その日のイベントは、主催者が怪談を語るのではなく、イベントに集まったお客さんが一人ずつ壇上に上がって持ちネタを語り、百物語を完成させるスタイルだった。
 一人の話が5分だったとして、5×100は単純計算で500分。夜明けまでかけての長丁場である。途中で休憩があり、近くの席に座っていた人たちと話をしていると、

「さっきから、天井からズンズンと足音みたいな音が聞こえませんか?」
 このイベントが行われたのは地下1Fのホールだったので、天井からだとすると1Fからになる。
「音、ですか?」
「ええ、舞台の上あたりから」

 休憩時間が終わり、イベントが再開されると、主催者が開口一番にこう言った。
「休憩時間の間に、何人もの人から天井から音が聞こえませんかと言われたんですが… 1Fは深夜営業してるような店じゃなく、普通のオフィスなんで、この時間に人がいるわけないんですよね」

 不思議な気分になった。
 私には、その音はまったく聞こえていなかったからだ。
 もうここまで来るとゼロ感がネタになるレベルで、私にとってこの事件は「私にだけ物音が聞こえなかった怪奇現象」となっている(笑)。

「事故物件」というのも、人によって感じ方が全然違うんだろうなと思う。


恐い間取り

 事故物件住みます芸人の松原タニシ氏、最近はネットニュースでもよく見ますね。

 第一章の「事故物件一件目」を読んでみて、最初に思ったのは「え、こんなに情報漏らして大丈夫?」でした。
 この一件目の事故物件は、ある殺人事件の舞台になったマンションですが、ヒントが多すぎて、どこで起きた何という事件か簡単に検索できてしまうんですよ。作者自身もネットのインタビューに答えて「事件を起こした犯人は、その場所に戻ってくることが多く、それが怖い」という意味合いの発言をしていました。怪異より背景に透けて見えるものの怖さですね。「人間が怖い」に近いかもしれない。

 これに限らず、収録されている話のほとんどは、誰がいつどこで体験したことなのかが非常に明確で、事実談であることが強調されている印象です。これは読者によって好みがあるでしょうね。事実であること=怖さではないし、怪談には時間や場所をぼかして曖昧にしても、怪異としての怖さ現象としての興味深さで勝負する手法もある。

 このマンション物件で、私がいちばん興味深かったのは

 (事件が起こったのは四階なのに)一階のフロアがすべてぶち抜かれ、片面の壁一面が鏡張りの、だだっ広い駐輪場になっているのだ。しかも奇妙なことに住人の誰一人として自転車を停めてない。(P12より抜粋)

 という部分でした。創作怪談なら、ぜひここを膨らませてほしいところです。

『恐い間取り』というタイトルのわりに、第三章になると事故物件は関係なくなり、単に著者が体験した実話怪談になったりして、コンセプトがあいまいなところはあるけれど、なんだか作者の真摯さのようなものが伝わってくる怪談本でした。



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