2018年版このミス雑感〜『湖の男』アーナルデュル・インドリダソンなど

 気がつくと、もう今年のこのミスが発表されてしまいました。一年が早いなぁ…

 例年、このミスの1位は完成度だけでなく、新鮮さも求められるので、私は今年は『13・67』だと思っていました。まさか大ベテラン・ウィングフィールドが差し切るとは… 国内編の1位は『屍人荘の殺人』。こちらも評判は聞いていましたが、三冠(このミス・本ミス・文春)にはビックリでしたね。

 創刊当時のこのミスは冒険小説の全盛期で、その後シリアル・キラーもの、ハードボイルド、警察小説など、当時のトレンド作品がよく入る印象がありましたが、ここ数年は法月綸太郎→米澤穂信二冠→竹本健治と本格系の作品が連続して1位。最近は海外も国内も特に盛り上がっているジャンルがないし、結果としていつの時代も安定して楽しめる本格物に人気が集まっているんでしょうか。

 恥ずかしながら1位の作品をまだどちらも読んでいないので、新作は必ず読むこの二人の感想を。

湖の男

『湖の男』(アーナルデュル・インドリダソン)
 娘のエヴァ・リンドとの関係や、新しい恋人の出現など、主人公にまつわるサブ・ストーリーに筆を費やしてしまった感のある前作の『声』に比べ、今回はスッキリした出来栄え。ベストテン入りは確実と思っていただけに、15位は意外な結果でした。

 地震で干上がった湖の底から、ソ連製の盗聴器を体に結びつけられた白骨死体が発見される。この白骨死体の捜査と並行して、冷戦時代、東ドイツ・ライプツィヒに留学した大学生の回想シーンが交互に描かれる。当時の社会主義国家に翻弄された学生たちの運命は、現代パートの白骨死体がある以上、幸せな結末にたどり着くはずがないことは予想できる。だからこそ辛い。

 突発的・衝動的と思われていた事件の背後に、必然的な動機があった… というのが『湿地』のミソだとすると、今回はミステリ色が薄味なのは確か。とはいえ回想パートと現代が交差する部分ではちょっとしたひねりもあり、この時代、この国ならではの動機も相まって、作者のやりたいことがストレートに表現された良作だと思います。

 失踪人探しというテーマが明確になったことで、自分がなぜこの作家を好きかも分かったような気がしました。そういや過去ネタとか記憶ネタ好きだもんなぁ、自分。

スティール・キス

『スティール・キス』(ジェフリー・ディーバー)
 これを読むと、前作の『スキン・コレクター』が作者にとっては大サービス作品だったことがよく分かますね。ボーン・コレクターを思わせる連続殺人鬼、レギュラーキャラクターのピンチ、そして最大のライバル・ウオッチメイカーの再登場… これだけサービスしても、私など「過去のシリーズキャラクターに頼りすぎ」なんて感想を持ってしまったのだから、ファンというのは勝手なものです。

 今回の目玉としては、シリーズ初期から設定だけは存在していたアメリアの元恋人・ニックが初登場。インドリダソンが前作の『声』でやったサブ・ストーリーの書き込みを、今年はディーバーがやっちゃった気がします。

 メインのストーリーはちょっと盛り上がりに欠ける。民事訴訟に関わるライムなんて読者は見たくないし、事件の犯人も過去作品に比べると小物すぎる。だけど… 長年シリーズを読んでるファンとしては、こういうのもたまにはいいなという気持ちもあります。どんでん返しの回数も少ないけどこれでいい。二重・三重のどんでん返しが当たり前になってしまうと、まだページ数が残っているから後一回あるな、みたいな根拠のない勘繰りをしちゃうんですよね。

 うん、いいんですよ、一回ぐらい休んでも(笑)。ファンは信じてるから大丈夫。次回作は久々に、舞台がニューヨークを離れる作品らしいので、そちらに期待。


装飾庭園殺人事件

『装飾庭園殺人事件』(ジェフ・ニコルスン)
 本年度の作品ではありませんが、今年読んだ中で印象に残った一冊。

 あるホテルの一室で不審死した造園家。彼の妻は夫の自殺を否定し、遺体を発見した警備員に金を渡し事件の再調査を依頼する… と、出だしはわりと普通。さて、英国式庭園の蘊蓄でも読まされるのかと思いきや、ここから先はホテルの警備員、妻の主治医、英文学の教授、夫の愛人の息子、夫が所属した秘密クラブの会員… と大量の登場人物が次から次へと現れ、同じ事件を別視点から語る。

 どこに連れて行かれるのか分からない迷宮感と、道中のワクワク感はなかなかのもの。結末は、ちょっと中途半端なところに着地しちゃったかな。それでも十分楽しめる作品なのは確か。この手の異色作は読んでるうちに読者のハードルがどんどん上がってしまうので、いっそ丸投げしてしまった方が許されたのかもしれませんね。



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