『声』アーナルデュル・インドリダソン など

roddin 

『声』アーナルデュル・インドリダソン
 クリスマスが近いレイキャビクのホテルの地下室で、ドアマンの男が、サンタクロースの扮装のまま、ナイフで刺されて死亡しているのが発見される。

『湿地』『緑衣の女』に続く、アーナルデュル・インドリダソンの新刊だが、ミステリとしては今回がいちばん薄味に感じた。主人公のエーレンデュル(捜査官)は、物語の序盤で現場であるホテルに部屋を取り、そのままホテルに滞在して捜査を続けるが、地道な作業の積み重ねであった『湿地』と比べると、こちらはエーレンデュルが動かずとも、関係者のほうがホテルを訪ねてきて、手がかりのほうが勝手に飛び込んで来る感がある。読み始めてしばらくすると、ああ、これは舞台をホテルだけに限定したかったのかと気づくけれど、この手の演劇的な趣向は、この作者の持ち味には合っていなかったのではないだろうか。

 事件を構成する要素を「機会」と「動機」に分けると、パズラー系のミステリならば重視するのは「機会」のほう。動機はあとで説明されればよい。一方、インドリダソンの作品で重視されるのは「動機」のほうで、動機が分かれば犯人がほぼ確定できる構成になっている。この人の作品を読んでいると、動機を「怨恨」とか「痴情」とか、一言にまとめてしまうことがずいぶん乱暴なことのように思えてくるのだけれど、今回はミステリ的流れの上だけで見ると、犯人の確定に結びつかないエピソードが意外と多い。極論を言えば、タイトルの「声」ですら、事件に関係がないと言えるかもしれない。ところがこのシリーズの作風に慣れていると、その関係のない部分が決してつまらなくはなく、相変わらず読み応えがある。やはり実力のある人だなと思う。

 今回、同僚の捜査官とのやりとりや、娘のエヴァ=リンドとのからみで、これまでにはなかったユーモアの要素があり、新キャラの登場もある。たとえばJ・ディーバーも、三作目の『エンプティ・チェア』や四作目の『石の猿』が異色作と言われているように、インドリダソンにとって五作目のこの作品(邦訳一作目の『湿地』は、エーレンデュル・シリーズの三作目)は、完成度を多少犠牲にしても、シリーズを長く続けるために必要な立ち位置の作品だったのかもしれない。

 さて上半期のまとめ、というには時期がずれているが、今年前半で気になった作品を。

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『マーチ博士の四人の息子』ブリジット・オベール
 1997年に出版され、絶版となっていた作品の復刻。当初は有隣堂書店だけの限定販売というふれこみだったが、評判が良かったのか、今では他の書店でも見かける。

 郊外の大邸宅に住むマーチ博士夫妻と、四つ子の四人の息子。家政婦のジニーは、邸内で偶然にも殺人鬼の日記を盗み読みしてしまうが、それが息子のうちの誰なのかが分からない。やがて殺人犯のほうも日記を読まれていることに気づき、日記を通じてジニーに語りかけることになる…

 この二人の心理戦を突き詰めればかなり面白い作品になったと思うが、残念ながら作者の主眼はそこにはなく、ラストの叙述トリックに収斂してしまう。いや、叙述トリックとはっきり書いてしまったが、これはネタバレにはならないだろう。もう表紙から帯から、叙述であることははっきりしてる。

 正直に書くと、私はこの結末は予想出来なかった。久々に騙された叙述トリック。しかし、「騙された」イコール「面白い」とはならないのが叙述トリックの難しいところ。

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『18の奇妙な物語〜街角の書店』中村融 編
 ミステリではない。「奇妙な味」の短編を集めたアンソロジー。ネットで他の本を注文したとき何気なく一緒に買ってみたのだが、意外な掘り出し物。編者のセンスがいいのか、ハズレの作品がない。

 編者のあとがきによると、当初は「肥満翼賛クラブ」「お告げ」「街角の書店」を収録したアンソロジーが作りたかったそうだが、超自然の要素のあるなしで、この三作は傾向が異なる。そこで、超自然要素の「ない」ものから「ある」ものへグラデーションのように移行していく配列を考えたとのことだが… 編者には申し訳ないけれど、私はその点についてはあまり意識して読まなかったように思う。どうしてもミステリ的な読み方をしてしまうせいか、オチに着地するための手がかりをきちんと配置している作品と、何の前ぶれもなくストンと落ちる作品。そんな線引きのほうがむしろ気になった。

 個人的に気に入った作品は、ケイト・ウィルヘルム「遭遇」、ジョン・スタインベック「M街七番地の出来事」、ハリー・ハリスン「大瀑布」、ネルスン・ボンド「街角の書店」など。他の人の感想も、ネットでいくつか読んだが、このお気に入りの作品がある一作だけに集中していない。それだけ完成度が高いアンソロジーということか。

 ※追記
 最近、このページに『マーチ博士の四人の息子』の「表紙」「トリック」というキーワードでアクセスが多いので、それについての個人的コメントを書き加えておきます。↓以下、ネタバレしてもよい方は反転してご覧ください。
 あの表紙は「四人しか描かれていない」ことがトリックなのだと、私は解釈しています。



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