『切り裂きジャック 127年目の真実』ラッセル・エドワーズ

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「切り裂きジャック論争」は、日本の「写楽別人説」にそっくりだ。もうこれで終わりかと思ったら、数年後には別の新説が出る。

 内容を簡単に紹介すると、著者は切り裂きジャックの第四の被害者・キャサリン・エドウズのものと伝えられるショールをオークションで入手。ショールに付着していた血痕をDNA鑑定してみたところ、キャサリンの子孫のDNAと一致。さらに同じショールから、加害者のものと思われる細胞が発見され、切り裂きジャック重要容疑者の一人であるアーロン・コスミンスキーの子孫のDNAと一致したというもの。

 切り裂きジャックの正体判明か? と本国でも新聞記事になったようだが、早速、英インディペンデント紙に以下のような反論が掲載されたらしい。
 以下、引用。


 DNAは被害者の1人が持っていたショールから得られたもので、それによると23歳のポーランド人の床屋アーロン・コスミンスキーさんが切り裂きジャックであったのではないかと、容疑者の1人として疑惑がもたれました。ショールを保有していたビジネスマンRussell Edwardsさんと、科学捜査官Jari Louhelainenさんは、コスミンスキーさんの子孫の1人に、とてもレアなDNA形状を発見したことから、彼を犯人に仕立て上げたようです。

 ところがどっこい、このDNA形状はレアでもなんでもなかったのです。インディペンデント紙によれば、DNA指紋検査法の父と呼ばれるAlec Jeffreys教授を含む複数の遺伝学専門家に話を聞いた結果、捜査に基本的なミスがあったことを指摘しました(なおはじめにミスに気付いたのは、casebook.orgの犯罪スレッドのメンバーのようです)。まずLouhelainenさんは314.1Cと呼ばれるDNA変異を発見したと報告していましたが、法医学の標準的な命名法にのっとると、実はその変異は315.1Cと呼ばれるもので、全くもってありふれたもので、ヨーロッパ人の99%が持つ変異なのです。この割合なら、当時のヨーロッパ人のほぼ全員が切り裂きジャックであったということになってしまいます。

 インディペンデント紙は、Louhelainenさんが小数点を打つ場所を間違えてしまい、その結果変異の希少性が10倍も上がってしまったのではないか、と予想しています。それでもDNA変異の種類を間違えていた、という根本的なミスは残りますがね。


 ところが実際に本を読んでみると、このインディペンデント紙の記事にも、DNAの知識など関係ない、大きな間違いがある。
 
 この本には、メインになる鑑定が二つある。
(A)ショールに残った血痕と、キャサリンの子孫のDNAが一致
(ショールの持ち主がキャサリン・エドウズであったことを証明する鑑定)
(B)ショールから発見された上皮細胞が、コスミンスキーの子孫のDNAと一致

 上記の記事の「314.1C」と呼ばれるレアな遺伝子変異(実際にはレアではなかったようだが)が決め手となったのは、(A)の部分の鑑定である。ところが、インディペンデント紙の記事では、(B)の鑑定で使われたかのように記述されている。

 つまり「キャサリン・エドウズのショールから、コスミンスキーの子孫と一致するDNAが検出された」から、「誰のものかわからない(キャサリン・エドウズのものと言い伝えられている)ショールから、コスミンスキーの子孫と一致するDNAが検出された」に変わるわけで、いずれにしてもコスミンスキー説を立証したとは言いがたい。しかしこの記事も、これから折に触れて引用されるとしたら、間違いを含んだまま流通するのはどうだろう?

 あくまで「読み物」として評価すると、すでに容疑者として過去にリストアップされている人物が犯人なので新鮮味はない。ただ、新説・珍説であれば楽しいのかといえばそうでもない。この手の事件本は、作者が自分の説を信じておらず、トンデモ本と承知で書いているもの(スティーブン・ナイト『切り裂きジャック・最終結論』などはこちらであると思う)と、作者自身は自分の説を信じているものの二種類あるが、こちらは後者だと思う。アーロン・コスミンスキーの実在や経歴を追うあたりは、DNA鑑定の部分よりむしろ興味深い。

 それが真実であるかどうかは、今後も分からないだろうけれど。



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