『殺人者と恐喝者』J・D・カーなど

satujinsha

忘れた頃に熱が高まる、JDカー読み直し。最近は、全部初読の作品になってますが。

『殺人者と恐喝者』(1941・HM卿)
2004年に原書房から単行本バージョンが出版されたばかりなのに、なぜか今年、東京創元社から改訳版が出た作品。
単行本バージョンは今でも古本屋で普通に見かけるので、創元社の改訳シリーズはもっと入手困難な作品でやって欲しいなぁ…

面白いのは2004年版と2014版で、登場人物の一人・主人公の叔父のキャラが微妙に違うこと。
2004年・単行本バージョンの訳では、
「だとすればだ、なあ、その、なんだ、よもやその筋に訴え出るといったようなことを考えているのではあるまいな? なにせ、わたしとしては家名のことも考えねばならんのでな」と、ちょっと老け込んだしゃべり方。

一方、2014年・創元文庫バージョンでは、
「すると、なんだね。まさか君に限ってそんなことはあるまいと思うが、取り返しのつかない真似に及ぼうなどとは考えてはいないだろうね?──つまり──その筋に話を持ち込む、といったことだが。一家の名誉も考えねばならないだろう」とまだ若々しい。

この10年の間に、五十代という年齢に対するイメージが変わったんでしょうか。個人的には2014年バージョンのほうがしっくりきた。こんな改訳も面白い。
トリックはちょっと脱力もの。むしろ、犯人の隠し方に工夫が見られる作品だと思います。

『仮面荘の怪事件』(1943・HM卿)
深夜、屋敷に忍び込んだ盗賊が、格闘の末に射殺されるが、覆面を外してみると当家の主人だった…

良くも悪くもカーの中級作品という印象。何より、どうしてこんな火曜サスペンスみたいなタイトルにしちゃったのかなぁ… 旧訳の『メッキの神像』のほうがはるかに魅力的なタイトルなのに。そもそもこの屋敷が「仮面荘」と呼ばれていることはストーリーにあまり関係なく、重要なのは「メッキの神像」のほうだし。

『死の館の謎』(1971・歴史ミステリ)
歴史物に分類されている作品だが、この作品の舞台が1927(昭和2)年。現代劇扱いの『魔女の隠れ家』が1933(昭和8)年なのだから大差ない。内容的にも、史実を取り扱っているものではないので、普通の古典ミステリとして読める作品です。

冒頭、主人公はパリから生まれ故郷のニューオリンズに向かうため、ミシシッピ河を観光船で下る。この船旅のシーンが、単なるプロローグかと思っていたら意外に長い。長いながらも当時の船旅を想像しつつ、それなりに楽しめてしまったのは年を取ったのか(笑)。高校時代に読んでいたら、長いわりには事件が起こらない、つまらん! とか思っていそうだ。

トリックも犯人の隠し方も、他の中級作品と大差ないと思うんですが、世間の評判は悪いですね。個人的には、シリーズ探偵が出てこないのが原因のひとつかと思っています。『弓弦城殺人事件』などと同じで、カーの作品はキャラの濃い探偵役が出てこないと締まらない印象。


byblood

さて、安田記念も終わったので(笑)、上半期のまとめを。
とはいえ、今年は話題作が少なかった気がするのは私だけ?

まず、エレン・ウルマン『血の探求』。読み終えてもう一度帯を見て「え? これミステリ扱いの作品だったの?」と驚きました。主人公が捜査したり推測したりすることがあまりない。正直、ミステリ扱いだと違和感があります。ストーリー的には面白い作品でしたが。

あと印象に残っているのが朝井リョウの『何者』。2年前の直木賞受賞作を、なぜ今頃読もうと思ったのか自分でも不思議。でもこれ、最近量産されている叙述ミステリより遙かにハイレベルだと思います。ある種の「叙述トリック」だしね。ミステリ界でもっと話題になってもいいと思うんですが…



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